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放生津曳山祭

(ほうじょうづ ひきやま まつり)

放生津曳山祭は、富山県射水市新湊地区で開催される、秋を代表する壮麗な祭礼です。母体となるのは放生津八幡宮の秋季例大祭であり、10月1日には大小2基の神輿渡御とともに、13基の豪華な曳山が市街地を巡行します。さらに10月2日の本祭では、全国的にも類例の少ない「築山(つきやま)行事」が行われます。

曳山行事と築山行事という、性格の異なる二つの「山」の神事が一体となって行われます。地元では「新湊曳山まつり」とも呼ばれ、港町・新湊の誇りとして長年受け継がれてきました。この祭りは、国の重要無形民俗文化財に指定され、さらにユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の一つとして登録されています。

13基の曳山が彩る10月1日 ― 新湊曳山まつり

花山から提灯山へと移ろう一日

10月1日には、大小2基の神輿渡御に続き、全13基の曳山が旧新湊市街地を巡行します。日中は色鮮やかな花傘をいただく「花山」として、夜は約200~300個の提灯を灯す「提灯山」として姿を変え、朝9時から夜23時過ぎまで町を練り歩きます。

全13基の曳山は高さ約8メートル、重さ約3.5トンにもおよび、若衆たちは各町お揃いの法被姿で、「イヤサー! イヤサー!」という勇壮な掛け声を響かせながら曳き進みます。この掛け声は「弥栄(いやさか)」に由来し、繁栄と祝福を意味しています。港町・新湊ならではの活気と誇りが、町全体を包み込みます。

内川を巡る二つのルート

曳山の巡行路は、町を東西に流れる内川を挟み、「内川南回り」と「内川北回り」の2ルートが設けられています。各町に花山・提灯山が公平に巡るよう工夫され、毎年交互にルートが変わります。狭い街角を大きな山車がきしむ音を立てて曲がる瞬間は、祭り最大の見どころの一つです。

昼は華やかな「花山」

日中の曳山は、色鮮やかな花傘を広げた「花山(はなやま)」として登場します。鉾柱の先には各町を象徴する標識(だし)が掲げられ、「王様」と呼ばれる御神体や精巧なからくり人形が飾られます。町ごとに意匠や人形が異なり、それぞれの歴史や誇りが込められています。

夜は幻想的な「提灯山」

夜になると曳山は一斉に約200〜300個もの提灯を灯す「提灯山」へと姿を変えます。暗闇に浮かび上がる無数の灯りと、狭い街角を勇壮に曲がる迫力ある曳き回しは、祭りのクライマックスともいえる光景です。昼の華やかさとは対照的な、幻想的で情緒あふれる風景が広がります。

曳山の歴史と発展

1650年、古新町から始まった曳山

放生津の曳山は、1650年(慶安3年)に古新町が創設したのが始まりと伝えられています。その後、奈呉町、中町、新町など各町が競って曳山を製作し、江戸時代後期には現在の13基が揃いました。

13基の曳山はいずれも高さ約8メートル、重さ約3.5トン。地車に心柱を立て、花傘を広げた華やかな花鉾山車の形式をとります。心柱の先端には標識(だし)が掲げられ、「王様」と呼ばれる御神体や、精巧なからくり人形が飾られます。

江戸時代には「安永の曳山騒動」と呼ばれる大事件も起こり、曳山文化は幾多の困難を乗り越えながら発展してきました。

昭和以降も大火や戦災、新型感染症の影響などを受けながらも、地域の人々の努力によって祭りは守られてきました。2021年には曳山・築山行事が国の重要無形民俗文化財に指定され、保存会を中心に次世代への継承が続けられています。

籤取り式と「籤除山」

曳山の巡行順は、毎年8月初めに行われる籤取り式によって決められます。ただし、最古の曳山を持つ古新町だけは、1721年に籤で一番を引き当てたことから、以後も毎年一番山を務める「籤除山」とされています。歴史の重みを象徴する伝統的な制度です。

築山行事 ― 古代信仰の姿を今に伝える神事

全国的にも珍しい置山形式

10月2日の本祭で行われる築山行事は、全国的にも類例の少ない臨時の置山神事です。9月30日夕刻、境内の高い松に海から神霊を迎える魂迎式(御魂祭)が行われ、10月2日にはその神霊を築山へ遷します。

築山は幅約7.2メートル、奥行約3.6メートル、高さ約2.7メートルの二段式祭壇。下段四隅には四天王(持国天・増長天・広目天・多聞天)の面を付けた人形が配され、上段中央には鬼女の面をつけた主神「姥神(オンババ)」が鎮座します。

神事が終わると、姥神が暴れるという言い伝えにより築山は速やかに解体されます。この独特の形式は全国的にも例が少なく、北陸地方の祭礼文化を知る上で極めて重要な存在とされています。

神仏習合の祈り

築山行事は神道と仏教が融合した神仏習合の信仰形態を色濃く残しています。室町時代や安土桃山時代に制作された古面も現存し、長い歴史の重みを感じさせます。行事終了後には、姥神が暴れるという伝承に基づき、築山は急ぎ解体されるのも特徴です。

安永の曳山車騒動

1775年(安永4年)には、高岡との間で曳山車を巡る大きな騒動が発生しました。これがいわゆる「安永の曳山車騒動」です。結果として曳山は一時没収され、祭りは中止に追い込まれました。この事件は北陸各地の曳山文化の発展に大きな影響を与えた歴史的出来事として知られています。

文化財としての評価と保存活動

1968年に曳山が市指定有形民俗文化財に、1982年に築山が県指定無形民俗文化財に指定されました。さらに2021年には両行事を合わせて国の重要無形民俗文化財に指定されています。

2017年には曳山協議会と築山保存会が統合され、「放生津八幡宮築山・曳山保存会」として一体的な保存継承活動が行われるようになりました。地域住民の力によって、伝統は確実に次世代へと引き継がれています。

放生津八幡宮と奈呉の浦の歴史

祭りの舞台となる放生津八幡宮は、天平18年(746年)、越中国守であった大伴家持が宇佐八幡宮から勧請したと伝えられています。奈呉の浦の美しい景観を愛した家持の歌碑や、松尾芭蕉の句碑も境内に建ち、歴史と文学の香りを感じることができます。

現在の社殿は1863年に再建されたもので、地域の総社として今も多くの参拝者が訪れます。曳山祭と築山行事は、この神社の例大祭として長く地域とともに歩んできました。

映画や特別曳出しで広がる魅力

この祭りは映画の舞台としても注目を集めました。2016年公開の映画『人生の約束』では、13基すべての曳山が実際に曳き出され、祭りの熱気が忠実に再現されました。また、特別曳出しや展示行事も行われ、地域の誇りとして広く発信されています。

観光としての魅力

放生津曳山祭は、豪華絢爛な曳山、神秘的な築山、そして港町ならではの活気が一体となった、他では味わえない祭礼です。昼と夜で全く異なる表情を見せる曳山の姿は、訪れる人々を魅了してやみません。

祭り期間中は市街地一帯が熱気に包まれ、地元住民と観光客が一体となって盛り上がります。歴史、信仰、芸術、そして地域の誇りが凝縮されたこの祭りは、富山を代表する文化体験としてぜひ訪れていただきたい行事です。

秋の澄んだ空気のもと、提灯の灯りが揺れる夜の曳山を眺めながら、400年以上続く港町の伝統に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

Information

名称
放生津曳山祭
(ほうじょうづ ひきやま まつり)

高岡・氷見

富山県