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有礒正八幡宮

(ありそしょう はちまんぐう)

高岡の歴史とものづくり文化を見守る古社

有礒正八幡宮は、富山県高岡市横田町に鎮座する由緒ある神社です。旧北陸道が横田から中島町へと向かう曲がり角の突き当たりに位置し、周辺には往時の街道の面影が色濃く残っています。かつて多くの人々が行き交ったこの地で、地域の安寧と繁栄を祈り続けてきました。

本殿・釣殿・拝殿・幣殿からなる社殿は、厳かな佇まいの中に独自の建築様式を備え、歴史と格式を今に伝えています。また、金屋町の氏神として鋳物師たちの篤い信仰を集め、「鍋宮様」とも親しまれています。

有礒宮と横田正八幡宮の合祀

当社は、古代より有礒海(氷見七浦)の守護神として信仰を集めた「有礒宮」と、文明年間に上田丹後守によって勧請された「横田正八幡宮」が、慶長15年(1610年)に合祀されたことに始まります。

有礒宮は、もとは雨晴岩崎沖の「渋谷の浜」に鎮座していましたが、日本海の荒波や地震による浸蝕のため志貴野の山崎の丘(現在の高岡古城公園周辺)へと遷座しました。その後、高岡城築城に伴い現在地へと移され、横田正八幡宮とともに祀られるようになりました。

前田家と深いゆかり

加賀藩主前田利長公が高岡城を築く際、社地が縄張り内に入ったことから仮遷座が行われ、最終的に現在の地へと定まりました。この際、旧社地の樫の大木が城門に用いられ、高山右近の意向により石垣が奉納されたと伝えられています。

文化元年(1804年)には、第11代藩主前田斉広公より「有礒神社」の号を賜り、明治16年には本殿が建立されました。昭和22年に現在の名称「有礒正八幡宮」と改称し、今日に至っています。

多彩なご祭神と広がる信仰

有礒神、綏靖天皇、応神天皇、仁徳天皇、神功皇后、武内宿禰、素戔嗚命、大己貴神、石凝姥神、日本武尊、前田利長命、天照皇大御神など、多くの神々をお祀りしています。

特に石凝姥神は鋳物の祖神として知られ、金屋町の鋳物師たちから篤い崇敬を受けています。ものづくりの町・高岡を象徴する存在といえるでしょう。

登録有形文化財の社殿「有礒造」

本殿・釣殿・拝殿・幣殿は国の登録有形文化財に指定されています。本殿は明治16年(1883年)、拝殿・幣殿は昭和10年(1935年)に造営されました。

八棟造と呼ばれる独特の建築様式は、日本海の荒波を表現したともいわれ、「有礒造」と称される当宮独自の形式です。北陸の厳しい気候風土に適した重厚な造りは、建築的にも高い評価を受けています。

伝統工芸の粋を集めた神輿

天明5年(1785年)に奉納された神輿は、高岡市指定文化財です。天明年間の高岡金工技術の粋が集められ、精緻な装飾や意匠に当時の職人の高い技術と感性が感じられます。嘉永4年および平成13年に修復され、現在も大切に受け継がれています。

御印祭 ― 金屋町を彩る初夏の大祭

有礒正八幡宮を代表する祭礼が、毎年6月19日・20日に行われる「御印祭(ごいんさい)」です。金屋町と鋳物師の守護神を祀る祭りで、大己貴神・石凝姥神・日本武尊・前田利長公の四神は「金屋四神」とも呼ばれています。

6月19日には四神が神輿に乗り、有礒正八幡宮から金屋町へと渡御します。町では宵宮祭が行われ、弥栄節の町流しが始まり、華やかな雰囲気に包まれます。翌20日には利長公の命日にあわせて祭儀が執り行われ、金属業関係者をはじめ多くの参拝者が訪れます。

御印祭は、金屋町の安寧と金属産業の発展を祈る祭りであり、高岡のものづくり文化の原点を今に伝える重要な行事です。

訪れる価値のある歴史と文化の社

境内には摂社や奉務神社も多く祀られ、地域信仰の中心としての役割を担っています。静かな境内に足を踏み入れると、長い歴史の積み重ねと地域の人々の思いを感じることができます。

旧北陸道の風情を感じながら、有礒正八幡宮を訪れてみてはいかがでしょうか。高岡の歴史、城下町の面影、そして鋳物の町として発展してきた文化を一度に体感できる、貴重な観光スポットです。

Information

名称
有礒正八幡宮
(ありそしょう はちまんぐう)

高岡・氷見

富山県