富山県高岡市の中心部、緑豊かな高岡古城公園の中心に鎮座する射水神社は、越中国(現在の富山県)を代表する古社として、古くから篤い崇敬を集めてきました。登記上の正式名称は「越中総鎮守 射水神社」。『延喜式』にも記載される式内社であり、越中国一宮としての格式を誇ります。
平安時代の法典『延喜式』において、特に神威が顕著な神社として「名神大社」に列せられたと伝えられ、越中国で唯一の名神大社として広く知られています。武家から庶民に至るまで篤い崇敬を集め、その長い歴史と由緒は、単なる地域の神社にとどまらず、北陸を代表する聖地としての存在感を今も放ち続けています。
市街地にありながら、境内に一歩足を踏み入れると、堀の水音と木立のざわめきに包まれ、静謐で清らかな空気が漂います。四季折々の花々や緑に彩られた境内は、観光客はもちろん、地元市民にとっても心安らぐ憩いの場となっています。
主祭神は瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)。歴史的には、越中国造の祖神とされる二上神(ふたがみのかみ)を祀る神社であり、霊峰・二上山を神奈備(かんなび)として仰ぐ自然崇拝の伝統を色濃く残しています。
天孫降臨の神として知られ、農耕の守護神であり、五穀豊穣、商業繁盛、縁結び、家内安全、諸願成就など幅広い御神徳を授ける神様として、古来より地域の総鎮守として人々の暮らしを見守ってきました。神紋は瓊瓊杵尊にちなむ「稲穂」であり、実りと繁栄の象徴でもあります。
奈良時代、越中国守として赴任した万葉歌人・大伴家持は、『万葉集』巻17において二上山を詠んでいます。「振り返り仰ぎ見ると、神の御心ゆえに尊く、見飽きることがない」と讃えたその歌は、当社と二上山が古代から特別な聖地であったことを物語っています。
また、六国史には二上神の神階昇叙の記事が度々見られ、従五位下から正三位に至るまで高い神階を授けられました。これは当社が朝廷からも篤い崇敬を受けていた証といえるでしょう。
創建は奈良時代以前とされ、社伝によれば養老元年(717年)に僧・行基が勅命を受けて二上山麓に別当寺を建立し、二上神を二上権現として祀ったと伝えられています。古代には朝廷から幾度も神階を授けられ、越中国を代表する最高位の神社として朝野の尊崇を集めました。
しかし、承平年間の戦乱や中世の兵火によって社殿は幾度も焼失し、一時は荒廃します。戦国時代末期にも再び社殿が失われましたが、江戸時代に入ると加賀藩の祈祷所として復興され、慶長15年(1610年)には初代藩主前田利長より御供田が寄進されるなど、藩の庇護のもとで再び隆盛を迎えました。
明治時代に入り、神仏分離令が施行されると、長く続いた神仏習合の体制は大きく変化します。明治8年(1875年)、射水神社は現在の高岡城本丸跡、すなわち高岡古城公園内へと遷座しました。この遷座は地域社会に大きな波紋を呼びましたが、結果として射水神社は城跡公園の象徴的存在となり、高岡の中心的な信仰拠点として新たな歩みを始めることになります。
明治33年の高岡大火により社殿は再び焼失しましたが、明治35年に再建。現在の神明造の社殿はそのときのものです。設計は建築家・伊東忠太氏、施工は加賀藩御用大工の系譜を継ぐ松井家棟梁が担当しました。簡素ながらも厳かな美しさをたたえ、伊勢神宮の様式を色濃く伝えています。
射水神社の境内は、季節ごとの自然美に満ちています。春には樹齢400年以上と伝わる御神木「八重紅梅」が可憐な花を咲かせ、夏は深い緑に包まれ、秋には紅葉が境内を染め、冬は雪景色の中に社殿の朱や白木が映えるなど、一年を通して訪れる価値があります。花手水や月替わりの御朱印、愛らしいお守りも観光客に好評で、若い世代や女性参拝者にも親しまれています。
拝殿前に立つ銅板巻きの神明型大鳥居は、昭和50年の遷座百年祭を記念して修築されたものです。また、平成27年には伊勢神宮外宮の「板垣北御門」の鳥居が譲与され、第一鳥居として建立されました。木曽檜製の清浄な姿は、参拝者を厳かな世界へと導きます。
境内の象徴ともいえるのが、樹齢400年以上と伝わる御神木「八重紅梅」です。明治の遷座を祝して奉納されたもので、春には濃紅の花を咲かせます。幹の空洞がハート形に見えることから、縁結びの御神木としても人気を集めています。
社殿は伊勢神宮の唯一神明造に基づく神明造。直線的な屋根の美と簡素ながら荘重な佇まいが特徴です。本殿の屋根には六本の堅魚木が載り、格式の高さを示しています。扁額には加賀藩主前田斉泰公や有栖川宮熾仁親王の筆が掲げられています。
授与所では、月替わりの御朱印や可愛らしいお守りが人気を博しています。季節ごとに彩られる花手水も美しく、写真を求めて訪れる参拝者も多く見られます。
二上山には日吉社、悪王子社、院内社、諏訪社などの摂末社が鎮座しています。なかでも悪王子社には、俵藤太こと藤原秀郷が大蛇を退治したという「悪王子伝説」が伝わります。改心した大蛇が山の守護神となったという物語は、地域に深く根付く信仰の象徴です。
射水神社が鎮座する高岡古城公園は、加賀前田家二代藩主・前田利長が築いた高岡城の跡地です。約21万平方メートルの広大な敷地のうち3分の1を水濠が占める全国有数の水濠公園で、「日本さくら名所100選」にも選ばれています。
春は約1,800本の桜が咲き誇り、夏は深緑、秋は紅葉、冬は雪景色と、四季折々の美が訪れる人の心を癒します。園内には博物館や動物園、市民会館など文化施設も点在し、市民の憩いの場として親しまれています。
例祭日は4月23日。正月には左義長神事が行われます。また、結婚式場としても高い人気を誇り、「うつくしの杜」と称される神前結婚式は、多くの縁を結んできました。
射水神社は、万葉の昔から今日に至るまで、越中の人々の心の拠り所として存在してきました。霊峰二上山を仰ぎ、高岡古城公園の自然に包まれながら、千年を超える祈りの歴史を今に伝えています。
四季折々の美しい風景とともに、古代から続く神々への敬意を感じられる場所。高岡を訪れる際には、ぜひ足を運び、その静謐な杜で心を整えるひとときをお過ごしください。