富山県高岡市の中心部に広がる高岡古城公園は、加賀前田家二代当主・ 前田利長によって慶長14年(1609)に築かれた 高岡城の城跡を整備した都市公園です。約21万平方メートルという広大な敷地を有し、そのうちおよそ3分の1を水濠が占める全国でも類例の少ない水濠公園として知られています。 現在は「日本100名城」に選定され、さらに国指定史跡「高岡城跡」として高く評価されており、歴史と自然が美しく調和する市民の憩いの場となっています。
高岡城は、加賀・能登・越中三国を治めた前田家二代当主前田利長が隠居城として築いた城です。関ヶ原の戦い後、豊臣氏と徳川氏の間で微妙な立場にあった利長は、有事に備えた堅固な拠点を必要としていました。そこで選ばれたのが、庄川扇状地の要衝・関野の地です。
城は広大な沼沢地を背後に持ち、舟運にも恵まれた防御と経済の両面に優れた立地でした。築城はわずか半年余りという短期間で進められ、加賀藩領内から約1万人もの人夫が動員されたと伝えられています。その結果、厚く強固な地盤と巧みに配置された郭、そして広大な水堀が築かれました。
しかし、慶長20年(1615)に発布された「一国一城令」により、高岡城は築城からわずか6年で廃城となります。それでも水堀や土塁は埋められることなく保存され、軍事的な潜在能力を保ったまま江戸時代を通じて管理され続けました。
高岡城の最大の特徴は、築城当初の水濠と郭の形状がほぼ完全な形で残されている点です。総面積約21万㎡のうち約37%が人工の水堀であり、その保存率は全国でも屈指といわれています。
本丸・二の丸・三の丸・明丸・鍛冶丸などが連続する馬出状に配置され、理論的かつ実戦的な縄張りを形成しています。天守閣などの建造物は現存していませんが、城の本質である「堀」と「郭」がこれほどまでに残る例は極めて貴重です。
明治維新後、一時は城跡の払い下げや開墾計画が持ち上がりましたが、地元有志の尽力によって保存運動が展開されました。その結果、明治8年(1875)に「高岡公園」として正式に指定され、近代公園として整備が始まります。
その後、著名な庭園技術者による改良設計や滝の造成、中の島の整備などが行われ、現在の美しい景観が形づくられました。昭和40年には県史跡、平成27年(2015)には国史跡に指定され、名実ともに歴史的価値が認められています。
高岡古城公園は「日本さくら名所100選」に選ばれる桜の名所としても名高い場所です。春にはソメイヨシノをはじめ、コシノヒガン、エドヒガン、ヤマザクラなど18種約1,800本の桜が咲き誇り、濠の水面に映る花景色は格別の美しさです。
夏は深い緑、秋は紅葉、冬は雪景色と、一年を通して異なる表情を見せる自然豊かな公園でもあります。濠ではコイやフナが泳ぎ、ハクチョウやカルガモの姿も見られます。
春から秋にかけては、水濠を巡る遊覧船「利長号」「利常号」が運航されます。水上から眺める土塁や石垣は、陸上とはまた違った趣を感じさせ、城郭の構造をより身近に体感することができます。
園内には射水神社をはじめ、高岡市立博物館、高岡市民会館、高岡市民体育館などの文化・体育施設が整備されています。三の丸茶屋(まちの駅)では休憩スペースのほか、御城印や土産品の販売も行われ、観光の拠点として利用されています。
公園内の明丸に位置する高岡古城公園動物園は、昭和26年(1951)に開園した歴史ある動物園です。入園料は無料で、約40~50種、150点前後の動物たちが飼育展示されています。
園内では、ニホンザル、アメリカンミニチュアホース、リスザル、ヤクシカ、タヌキなどの哺乳類、フラミンゴやフンボルトペンギン、フクロウ、インドクジャクなどの鳥類を見ることができます。
とくに人気なのが「ふれあい広場」です。ウサギやテンジクネズミに直接触れることができ、小さなお子様連れの家族に大変好評です。ペンギンの餌やり風景も愛らしく、間近で観察することができます。
併設の自然資料館では、鳥類・獣類・魚類など約850点の標本や剥製が展示され、郷土の自然について学ぶことができます。館内には授乳室やおむつ替えスペースも整備され、安心して利用できる環境が整っています。
高岡古城公園は、単なる都市公園ではありません。城郭遺構という歴史的価値と、四季折々の豊かな自然、さらに文化・教育施設が融合した総合的な空間です。2025年には公園指定150周年を迎え、ますますその魅力は高まっています。
市街地の中心にありながら、深い緑と静かな水面に包まれるひととき。歴史の重みを感じながら散策し、動物たちに癒やされ、桜の下で春を満喫する――高岡古城公園は、訪れる人それぞれに豊かな時間を提供してくれる、かけがえのない場所です。