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旧高岡共立銀行本店

(きゅう たかおか きょうりつ ぎんこう ほんてん)

山町筋に佇む赤レンガの名建築

旧高岡共立銀行本店は、富山県高岡市の「山町筋伝統的建造物群保存地区」に位置する、大正期を代表する本格的洋風建築です。1914年(大正3年)に高岡共立銀行本店として建設され、その後は北陸銀行高岡支店、さらに富山銀行本店として2019年(令和元年)まで使用されてきました。そのため「旧富山銀行本店」として紹介されることもあります。

赤煉瓦と白御影石、緑青を帯びた銅板屋根の美しい対比が印象的な外観は、市民から「赤レンガの銀行」として親しまれてきました。太平洋戦争中の空襲を免れ、現在では富山県内に唯一現存する本格的洋風銀行建築として、極めて高い歴史的価値を有しています。

旧高岡共立銀行本店の建築的魅力

北棟 ― 辰野式の赤レンガ建築

1914年に竣工した北棟は、鉄骨煉瓦造・地下1階地上2階建て。設計は清水組(現・清水建設)の田辺淳吉で、東京駅を設計した辰野金吾の監修を受けています。いわゆる「辰野式」と呼ばれる擬ルネッサンス様式で、赤煉瓦の小口貼りと白い花崗岩のコントラストが特徴です。

正面玄関には破風と胴張りを持つ円柱が配され、両端には尖塔を戴く塔屋が設けられるなど、威厳と端正さを兼ね備えた外観を構成しています。銅板葺きの屋根は時を経て緑青をまとい、土蔵造りの町並みに華やかなアクセントを添えています。

内部空間の優雅さ

内部は2階に回廊をめぐらせた吹き抜け空間を中心とし、漆喰塗りのジャイアントオーダーや金属天井、大理石貼りの腰壁などが配されていました。2階会議室には噴水を描いたステンドグラスや装飾天井も残り、大正期の優雅な銀行建築の空気を今に伝えています。

南棟 ― 震災後の技術革新を示す建築

1926年(大正15年)に増築された南棟は、清水組の大友弘による設計で、鉄筋コンクリート造3階建てです。関東大震災後の技術的進歩を反映し、丸鋼鉄筋を用いた構造が採用されています。北棟と調和する赤いタイルや擬石塗りが施され、景観の連続性を保っています。

技術史的・文化財的価値

旧高岡共立銀行本店は、単なる意匠的価値にとどまりません。北棟の煉瓦壁内に挿入された鉄骨や山形金網、セメントの使用など、濃尾地震以降の耐震技術向上の試行錯誤を示す構法が確認されています。これは、日本が西洋建築技術を導入し、独自に発展させていった過程を物語る貴重な証拠です。

さらに、北棟・南棟の詳細な設計図書が現存している点も特筆に値します。意匠図・構造図が保存されていることで、今後の研究によってさらなる価値の発見が期待されています。

銀行として歩んだ百年

1914年の竣工以来、高岡共立銀行、高岡銀行、北陸銀行高岡支店、そして富山銀行本店と、常に地域経済の中心であり続けました。大正から令和まで一世紀以上にわたり、北陸地方を代表する金融拠点としての役割を果たし、市民の記憶に刻まれています。

新たな活用へ ― 未来へ受け継ぐ赤レンガ建築

2019年に富山銀行本店が移転した後、建物は高岡市に譲渡されました。耐震診断や活用検討を経て、2024年にはレストランやホテルへの改修計画が発表されています。1階にレストランやテイクアウトショップ、上階に客室を設ける計画で、2028年の開業を目指しています。

歴史的建造物の保存と活用を両立させる取り組みは、山町筋の町並み全体に新たな活気をもたらすことでしょう。赤レンガの銀行は、これからも高岡の歴史と未来を結ぶ象徴的存在として歩み続けます。

城下町から商都へ ― 高岡と山町筋の歴史

高岡のまちは、1609年(慶長14年)、加賀前田家二代当主前田利長によって開かれました。利長は関野ヶ原と呼ばれた地を「高岡」と改め、高岡城を築いて城下町を整備します。碁盤目状に区画された町割りは、北陸道を城下に引き込み、商人町や職人町を計画的に配置するものでした。

しかし、1615年(慶長20年)の一国一城令により高岡城は廃城となり、城下町は一時衰退します。これを再興したのが三代藩主前田利常でした。利常は町人の転出を禁じ、米蔵や塩蔵を整備し、魚問屋や塩問屋を誘致するなど、高岡を商工業都市へと転換させます。こうして高岡は「加賀藩の台所」と称されるほど繁栄しました。

山町筋と御車山祭

山町筋とは、旧北陸道沿いに発展した商人町の町筋を指します。ここは高岡御車山祭の山車(御車山)を守り伝える十か町の中心地であり、毎年5月1日に行われる高岡御車山祭では、華やかな山車が町並みを巡行します。土蔵造りの重厚な町家群を背景に曳き回される御車山の姿は、まさに高岡の町衆文化の象徴です。

明治の大火と土蔵造りの町並み

1900年(明治33年)、高岡は未曾有の大火に見舞われ、市街地の約6割が焼失しました。山町筋も壊滅的な被害を受けます。しかしこの大火を契機に、防火性の高い「土蔵造り」の町家が建てられ、現在の重厚で統一感ある町並みが形成されました。

黒漆喰や白漆喰で塗り込められた外壁、黒瓦葺きの屋根、観音開きの土扉、防火壁など、明治期の都市防災計画に基づく意匠と構造が今も残されています。2000年(平成12年)には国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、高岡を代表する歴史景観として保全されています。

山町筋散策とあわせて楽しむ

旧高岡共立銀行本店を訪れた際には、土蔵造りの町家が連なる山町筋をゆっくりと散策してみてください。重厚な町並みと洋風建築の調和は、他では味わえない独特の景観美を醸し出しています。

歴史、建築、祭り、そして町人文化が重層的に息づく山町筋。その中心に立つ旧高岡共立銀行本店は、高岡という町の歩みを象徴する存在です。往時の繁栄と人々の営みに思いを馳せながら、ぜひその魅力を体感してみてはいかがでしょうか。

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名称
旧高岡共立銀行本店
(きゅう たかおか きょうりつ ぎんこう ほんてん)

高岡・氷見

富山県