中宮祈願殿は、かつて「中宮寺」や「芦峅寺」と呼ばれた神仏習合の施設であり、立山信仰の重要な拠点です。この神社は立山の主峰である「雄山」を正面に望む位置にあり、立山開祖とされる佐伯有頼が晩年を過ごした地でもあります。
古来、武将や公家からの信仰を集め、「お姥様」への献上品が奉納されてきました。周辺には宿坊や、女人救済のための行事が行われた「布橋」が存在します。この地は女人禁制の立山信仰において、女性が立ち入ることを許された最終地点でもありました。
芦峅寺の信徒たちは「一山会」と呼ばれる独自の組織を形成し、16世紀以降、立山信仰の縁起物や薬草などを全国に広めました。これが越中売薬の起源とも言われています。
中宮祈願殿の境内には以下の施設があります。
また、立山信仰に関連する資料を展示した「県立立山博物館」が隣接しています。
富山地方鉄道立山線「千垣駅」から立山町営バスで5分、「芦峅寺バス停」下車(日曜は運休)。
中宮祈願殿には壮麗な鳥居や、斎戒橋をはじめとする歴史的な建造物があります。西本殿(立山大宮)では伊弉那岐大神などが祀られ、合祭殿では立山山中36社の神々が合祀されています。
芦峅寺(あしくらじ)は、富山県中新川郡立山町に位置する立山連峰の玄関口です。この地名は、かつての「雄山神社 中宮祈願殿」の寺名に由来し、立山信仰の中心地として栄えました。現在では山岳ガイドの集落としても知られています。
住民のほとんどが「佐伯」や「志鷹」の姓を持ち、これらは立山開山伝説に由来します。芦峅寺には雄山神社や立山博物館、国立立山青少年自然の家が点在しています。
立山ガイドは、江戸時代の修験道における「御師」を起源とします。立山曼荼羅を用いて多くの信者を引き寄せ、宿坊に泊めるなどの活動を行いました。現代でも立山ガイドは「勇敢で信頼できる」と評判で、遭難救助にも大きく貢献しています。
布橋灌頂会は、立山信仰に基づく伝統儀式であり、女人禁制の立山に代わり架け橋を渡って極楽往生を願うものです。江戸時代後期に盛んに行われましたが、廃仏毀釈により一時廃止されました。現在ではイベントとして復活し、地域文化の発展にも貢献しています。
雄山神社は、富山県立山町にある神社で、霊峰立山を神体としています。三社構成(峰本社、中宮祈願殿、前立社壇)で成り立ち、どの社殿に参拝してもご利益があるとされています。
神仏習合の時代には仏教色が強く、立山修験の源とされました。所在地は芦峅寺や岩峅寺一帯で、立山信仰の中心的役割を果たしています。